○ 浪速産業会の紹介 |
社団法人 浪速産業会は昭和51年に前身の社団法人 浪速工業会から名称変更したものです。 |
目的は、浪速区の産業の振興、及び企業間の連携融和を諮ること、会員企業の福利厚生の増進に努めることにあります |
事務局では会員の皆様の便宜をはかるため各種の事業を実施しています。 |
☆ 沿革 |
浪速産業会の始めは、浪速区における工場経営者の方々が、自主的に西地区に難波工業会、東地区に恵美須工業会を創設したが、太平洋戦争が勃発すると共に難波、恵美須工業会も産業報国会に改組されました。 |
戦後、昭和22年労働基準法の実施に伴い、外郭団体として各労働基準監督署に地区労働基準協会が発足し、浪速工業会と名称を変え、浪速港労働基準協会 浪速支部(現在の大阪西労働基準協会)と2つの看板を掲げ労働基準行政に協力してきました。 |
昭和36年社団法人 浪速工業会として態勢を整え、前記の通り、昭和51年に社団法人 浪速産業会と名称変更がなされ、労働基準協会も行政区域の統廃合等により、天王寺労働基準協会浪速支部となり、その後、大阪中央労働基準協会浪速支部となったものです。また、昭和30年5月大阪市工業会連合会創立に際しては、地区工業会として入会、今日まで大阪市工業会連合会の諸種の行事に協力し、推進してまいりました。 |
会員数は現在約95社で、全盛期の2分の1に減少。産業別では、製造業と非製造業はほぼ半々で、当会設立当時より公害問題等があって製造工場は周辺地区に進出し、いわゆるドーナツ化現象が顕著であります。 |